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道標が伝えるかつての賑わい
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近隣の農産物を集め、各方面へ売り捌く在郷町として発展。 付近の北条米は、皇室への献上米となるほど上質だったという。 ここから北には筑波山への参詣道「つくば道」が伸び、 その参詣客によっても栄えた。 古い家々やよく見ると微妙に曲がっている道が、 当時の街道の雰囲気を感じさせる。 一帯はきれいに紅葉。 旧道では、神社や寺院に通じる このような横道をよく目にする。 これは家ではなく、あくまで門。 入口の左右は納屋としてお使いでしょうか。 如何に栄えていたかが伝わってくる。 蔵が現在も利用、活用されているのを見ると、 何だか心が温まる。 大きさから如何に重要な道であったかが窺われるが、 見送る旅人がいなくなった今、どこか寂しげ。 それでも存在感は立派なもの。 三代将軍徳川家光により開放されたつくば道は、 筑波山は江戸の鬼門に当たるため、 江戸幕府の歴代将軍に重要視された。 軒の高さなどがある程度揃っており、 かつての町並みの様子が想像できる。 そこには時を止めた一角が。 この風景はいつまで残るのだろうか。 この番号で通じたのは果たして何年前だろう。 琺瑯看板は昭和の雰囲気を感じさせる。 筑波鉄道が通るなど、しばらく地域の中心であり続けた。 昭和62年には筑波鉄道が廃止され、 国道は若干離れたところを通っているため、 今は静かに佇んでいる。 通りの左右をよく見て渡り、次は神郡へと向かうことにした。 | |||||||||
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筑波町北条図中の線はつくば道
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